亜哉の2004年11月の「写真日記」
亜哉が撮った2004年11月分の「写真日記」をまとめたページです。

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Eos-1n/EF35mm F2.8/PRESTO /D76



〜山大工学部            米沢市〜

30.Nov.2004
 テレビであれっ、と思ったら、有機ELを使ったモニターの特集をしていた。この大学構内の研究室で開発されたということである。寿命がクリアされれば、紙のように薄いテレビやモニターが市販されるということであった。
 PCの液晶モニターは、19インチで5万円代となった。導入したいが、正対していないと画面が見えない。有機ELを使ったモニターは、どの角度から見ても画像が見えないと言うことはなかった。市販されたらすごいなぁと思う。
 産学官民で、米沢の地で研究開発がされている。またまたすごいなぁと思う。漬け物と温泉たまごばかりと思ったら大間違いなのだ。

Eos-1n/EF35mm F2.8/PRESTO /D76



〜干し柿            小野川温泉街〜

29.Nov.2004
 ピンは手前に・・置くべきだったのが、後にピンを置いてしまった。こういうところがまだまだ自分としての甘さなのだ。
 一番形のいい柿・・花ならば一番形のいい花へピンを合わせるのだが、こういうものは、絞り込むか手前にピンを置くべきなのだと思っている。
 実際その場にいくと・・こういう感じに撮ってしまう。今回の撮影で、悔やまれる1枚である。
 どうってことない絵なのだが・・失敗が気になってしまう

Eos-1n/EF85mm F1.8/PRESTO /D76



〜ねぇ、おかあさん    米沢市 上杉神社〜

28.Nov.2004
 上杉神社での一コマ。もう、何にもいうことありません。見たままのシーンです。
 このまま拝殿で祈祷中に・・ピロロロロ〜なんてことはないことを祈りました。
 11月もあっというまに過ぎ去って、12月に入ります。いよいよ木枯らしピープー寒い日が続く季節になります。
 風邪も蔓延しているし、私もなおって、またひいてという繰り返しで、お腹にきたかと思うと喉と鼻にきて、参ってしまいます。
 これも日頃の行いが災いしているのかな?などと、ちょこっとは考えますが、まぁ、過ぎたことは悔やまないで、がっちり食べて体力つけようかと思っています。牡蠣鍋、おでん、シチュー、またデブってしまうなぁ・・ガッハッハ

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜手水舎       米沢市 上杉家廟所〜

26.Nov.2004
 太く大きな杉木立の奥に、上杉家歴代藩主が眠っおり。初代、上杉謙信も廟所に眠っている。
 上杉謙信も米沢にいたの?と思うかもしれないが、2代景勝(米沢上杉家としては初代)は、現在の上越市から会津若松そして米沢市と居城を変えたが、謙信の遺骸は、甲冑をつけたまま甕棺に納められ埋葬されたが、居城を変えるごとに甕棺も常に居城とともに移されたということである。
 10代、治憲Harunori(鷹山Yozan公)が親を火葬にするのは忍びないとして以後土葬にしているので、何代の頃からか火葬にされていたようである。
 「成せばなる。成さねばならぬ何事も、成さぬは・・」なんていう言葉を聞くが、これが上杉鷹山の言葉というのは、トホホ知らなかったのである。
 さて、その歴代藩主の御廟・・仙台では、御霊屋とも呼ばれているが、入り口に手水舎(Temizu-ya)が建っていた。手水といえば、神社の鳥居をくぐった後の身を清めて参拝の準備をするところだが、廟所もそういう位置づけになっているようだ。
 ここも光が満ちあふれていた。謙信公他、鷹山公も今の世相をどう思っているのだろうと考えてしまう。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜格子戸       山形県 米沢市〜

24.Nov.2004
 米沢の街を歩く・・格子戸のある門口から西日が漏れている。
 開けたら、ガラガラと音がしそうである。その格子戸の先には庭があって、玄関へと続いているおおきな屋敷である。
 町中で、これだけの土地があるというのうらやましいが、庭の手入れも大変だろうなぁと思うが、余計なお世話である。。
 どこかの映画にあったが、光にふれると、「ところ天」みたいに刻まれる・・・。では、この格子戸の影にふれると、どうなるのか?おおきな番犬がでてきそうである。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜ほおずき       山形県 小野川温泉〜

23.Nov.2004
 大根の葉とほうずきが吊されている。大根の葉は、漬物用だが、ほおずきの干してある理由は?である。
 何軒か大根の葉が干してあった。「あんだ、漬け物にだいごんぱっを入れるとうめがすと」井戸端会議の成果なのかもしれない。
 では、ほおずきは・・・仙台でも、お盆や七夕に飾られる。種を出して口に含んで、音をならして遊んだこともあるが、イメージ的には、竹久夢二の描いた女性である。はかないような弱さと、女になっていく女性、そんな女性そのものというイメージがつきまとう。
 調べてみると、漢方薬として、子供の虫、女性の癪の薬になるようだ。ん〜、路地のほおずき・・いろんな想像が湧いてくる。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜路地        山形県 小野川温泉〜

21.Nov.2004
 温泉街の路地に一寸足を踏み入れると、人々の生活に出会える・・そう書くと、聞こえは良いが、撮される方は、快く思っていないんだろうなぁ〜と思う、生活そのままですから・・・。
 これから漬け込む白菜を少し干していたり、洗剤があったり、自転車カバーがあったり、ウエスがわりのタオルがあったり・・・、道路側とは、全く違っている・・それも現実なんだなぁ〜と考えてしまった。
 そういえば、上杉神社で社務所の脇で、ネコ車にのせた落ち葉を撮っていると・・゜「ゴミとられちゃった〜ハハハ」と大うけされたが、中にいる人は、何があったか分からず怪訝な顔をしていたっけ・・。
 見せたいもの見せたくないもの・・人によって相手によっても変わってしまうが・・その常識って奴も変わってくるから・・難しい・・難しいから見て見ぬ振りかなぁ〜やっぱり

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜雪囲い          山形県 米沢市〜

20.Nov.2004
 「ウコギ垣」がなかなかでてきません・・・撮したカットがどこにあるのか?わからないのです。未現像フィルムに入っているのかも?
 トムさんの話によれば、今でも、米沢では、生け垣としてウコギを奨励しているとのこと・・なぜかといえば、「飢饉になったとき食べられるから・・食べても、おいしいものじゃないけど、食べられなくもない」・・・ん〜どんな味がするのでしょうか?
 この話、藩政時代なら、わかるんだけど、現代も生き続けているそうです。さすが上杉の城下町です!ね。
 米沢の上杉家というば、仙台とも関わりが深く、伊達政宗の母親が上杉家の出なのです。ですから、正宗さんも、ここでうまれました。ん〜、街道をゆく・・に使うって、いいえ、まだまだ使いません。調べるだけで大変ですから。
 やっと、PCの入れ替えが終わって更新できるようになりました。まだまだ、行方知らずになっているファイルもありますので、完全になるまでは、もうちょっと時間がかかりそうです。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜造り酒屋            山形県 米沢市〜

15.Nov.2004
 どっしりとした木造の大きな造り酒屋。上杉藩の御用酒屋の「東光」の建物内部である。
 現在も、酒がつくられているが、こちらは酒造博物館的に保存されている。もちろん試飲コーナーもあり、吟醸酒も小さな小さなぐい呑みで試飲することが出来る。
 奥へ行くと、藩政時代に使われていた、酒造りの道具や大きな樽が並べてある。
 酒屋の屋号の入ったとっくりがある。俗に言う「貧乏徳利」、酒の量り売りで、徳利は酒屋のもので、自宅と酒屋を結ぶ。今で言う「通い便」みたいなものである。
 そういえば、空き瓶を酒屋に持っていって、酒を買いに行ったことがある。銘柄はたくさんあるのに、持っていっただけで、酒を入れてくれる。子供心に「なぜ、酒屋のおっちゃんは、何を買うかわかるんだろう」と思った。
  あれま、植物の話から酒の話・・まぁ、食べ物は酒のつまみと考えれば次回に「ウコギ垣」の話を書いてもいいかな?

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜旧米沢工業高等学校         山形県 米沢市〜

14.Nov.2004
 そろそろ、本気モードのUPです。米沢市内にある現、山形大学工学部です。ここも近年色の塗り替えが行われたということですが、凾館の街を思い出した。
 ベンチと木造の下見板との組み合わせ・・持っていったのが全て、モノクロフィルムなので、ここぞの一枚。もっと絞ってもいいかな?と思いますが、最近カリカリ描写というか現像なので、今回は、現像時間を少し切りつめて、7分30秒弱・・撹拌も押さえ気味に・・結果は、以前のトーンになったかな?です。
 米沢は、大正時代の大火から、防火帯としての道路の位置づけがされているのは凾館と同じ、ことなるのは、上杉家の城下町ということで、ある植物を生け垣にして飢饉に備えているということが、特徴とのこと。
 次回は、そのある植物について書いてみます。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜煮玉子            山形県 小野川温泉〜

13.Nov.2004
 煮玉子・・・はじめて、見た。トムさんから、「玉コンと一緒に殻のついたままの玉子が煮てあって、味がいいんだよ」と教えられた。
 普通は、玉コンを煮るときは、スルメが入っていて、スルメと醤油の味が玉コンにしみ込んで、玉コンが美味しくなるのだ。
 そこに玉子が殻付きのまま入っている・・。玉コンは、更に美味しくなるのは、ラーメン店のスープに玉子の殻が入っていたりするので、想像がつく。
 玉子は、更に、ダシの効いた醤油の中で、煮られる。相乗効果なのだろう。家でもやってみたい。玉コンは、やっぱり山形産だ。こだわりの煮たまごのお味は・・、これからちょっと肌寒い日は、おやつに良いなぁ。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜大根葉            山形県 小野川温泉〜

12.Nov.2004
 仙台のお年寄り達なら「だいごんっぱっ」と発音するが、その「だいごんっぱっ」が干してある。
 津軽では、じゃっぱ汁の中に、寒タラや他の野菜と共に干した大根の葉が入っていた。保存食としての冬の野菜ということだった。干した大根の葉も、鍋の中にはいると、またうまいのである。
 ここ米沢では、漬け物にするということだった。スーパーに行くと葉の付いていない大根が、ラップに包まれて売っているが、昔は、葉っぱも元気がよくてフサフサしているものを母が買ってきた。
 大根の葉を塩もみして浅漬けにして食べるのも好きだ。そういえば、山形は、せんべい王国、漬け物王国、果物王国・・とも呼ばれている。せんべいは新潟と思われているが山形の方が、工場は多いのである。果物王国・・これからの季節、ラ・フランスが店頭に並ぶ。漬け物王国・・青菜(せいさい)漬けや庄内の赤カブ漬け、オミ漬け・・まだまだある。玉コンも有名・・山形の玉コンニャクはひと味違う。
 米沢で撮ってきた写真もまだまだ・・・当分続きます。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO /D76



〜何なの                    鳴瀬町浜市〜

10.Nov.2004
 11月6日、山形県米沢市での集合まで、時間があったので、私のお気に入りの場所に、首都圏からの友人を案内しようと思った。
 吉野屋で、いつものように食事をするが、今年は、豚丼になってしまった。いつもの高速を走って、いつものインターで降りて、町中を走って、ここに来た。
 何なんだ!明治の産業遺構がこの姿である。プラ製の植木鉢、ドックフードの袋、ビニール袋が捨ててあり、火をつけて焼いたようだ。
 この写真の後ろには、空き地がある。なぜこの場所に捨てたのか?ショックである。
 漂流物ではない、人為的な不法投棄じゃないか!!このゴミを捨て焼いた人の神経がわからない。
 歴史的な遺構であることは知らないのかもしれないが、この場所の近くには人家がない。土地の人なら知っているはずである。やはり、意図的に捨てにきたとしか考えられない。まったく不愉快だ。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO増感 /D76増感



〜ベンチ            宮城野通り〜

05.Nov.2004
 夏だったら、ひんやり石のベンチも、今の季節、腰を降ろす気にはならない。
 宮城野通りの地下には、JR仙石線の線路がある。仙石線の工法は、地上部から掘り下げて、ちょうど、ばかでかいU字溝を作って、蓋をして蓋の部分が道路になっていると考えてもらえば良い。
 トンネルを掘るより、コストが下げられた工法であった。昔は、もう1本南側に新寺小路があるように、このあたりは寺町であった。寺町ということは墓地である。
 天明・天保の大飢饉で亡くなった人々を城下の寺に、大きな穴を掘って塚をたてて埋葬したが、この工事をするまで、場所が特定されていなかった塚が、工事によって3箇所発見された。おびただしい人骨が出土したと、当時の新聞に小さく載っていた。
 もちろん、供養が行われたが、今は、鉄道と道路、そしてカフェテリアもあり、IT産業のビルが建ち並ぶ光景からは、かつての悲しい出来事などは想像もつかないのである。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO増感 /D76増感



〜落ち葉の季節            宮城野通り〜

04.Nov.2004
 日替わりしたが3日は、「楽天イーグルズ」の話題で賑わっていた。私は、スポーツは、さほど好きではない。スポーツ=勝ち負けだけ・・という印象があるからだ。
 体育の授業は、苦痛であった。クラス対抗リレーなんていうのは、とんでもないものだった。走るのが遅い自分を無理やり出させて、抜かれたら、おまえのせいだ!!こういう構図が続いていたからである。 しかし、世の中捨てたもんじゃない。床運動を教えてくれた先生が一人いた。足の速い遅いだけがスポーツじゃない。土曜日は授業が終わったら床運動やるから弁当持参で来いという柔道の先生だった。爪は短く切れ。マットに引っかけて爪を剥がすぞ・・。いまでも、爪を切るときに思い出す言葉だ。
 枯葉がカサカサと風に吹かれている。もう落ち葉の季節だ。寒くなるとケガするから、準備運動は、ちゃんとやっとけよ!自分のためだ!そんな先生の言葉をまた思い出した。

Eos-1n/EF35mm F2.0/PRESTO増感 /D76増感



〜宮城野通り              仙台駅東口〜

02.Nov.2004
 仙台にプロ野球球団が誕生した11月2日。この通りは、仙台駅東口から、直線で宮城球場へ歩いて行ける道である。
 「楽天東北ゴールデンイーグルズ」長い名前だ。・・・2日は、朝からマスメディアが、「楽天かライブドアか」という内容で賑わっていた。
 仙台にプロ野球を・・と最初に名乗りをあげたのは、ライブドアであった。そんなわけで、仙台市民からすれば、ライブドア=プロ球団の構図を描いていた。なかには、「○○の方の社長の顔が好きだから」という理由のご婦人方の意見もあった。
 地域密着型といえば、ベガルタ仙台がある。選手達とサポーターの関係も良い。楽天イーグルスが第2のベガルタになるか?これからの球団経営陣の手腕に期待したい。 

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