亜哉の2006年10月の「写真日記」
亜哉が撮った10月分の「写真日記」をまとめたページです。
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MINOLTA SR-T101 /MC ROKKOR-PG 50mm F1.4
/PRESTO /D76




~ 「会津見知らず」      湯川村 佐野 ~

30.Oct..2006
 会津見知らず・・柿の名前です。献上柿として古くから有名で、身の程知らずにたわわに実るから名前がついたとか、殿様の言葉から引用したとか名前の由来には諸説あるようです。
 今年の見知らず柿の出来はというと・・・葉っぱが落ちた柿は、焼酎抜きをしても甘さがたりないとか、ここの柿は、葉っぱが残っているから大丈夫なようですね。でも、もう少し摘果してもよかったですね。
 会津盆地の家々のいたるところに柿の木が植えてあります。もちろん柿畑もありますが、柿のオレンジ色が今の季節目につきます。どこの家にも数本の柿の木がありますから、剪定だけ請け負う人もいて商売になるようです。
 見知らず柿・・言い忘れましたが、渋柿です。日本の柿は170種類の品種があるようで、甘柿と渋柿では渋柿の割合の方が多いそうです。
 甘柿だと思って、塀に昇って、1個いただいたら、渋柿だったという悪ガキ時代の経験を持ってますが、秋は、柿が一番かも、二日酔いにも効果があるようですし・・・笑。

MAMIYA RB67-proS /MAMIYA-SEKOR C 90mm F3.8
/SHD100 /D76




~ 「名掛丁商店街」       仙台市 青葉区 ~

28.Oct..2006
 仙台城大手門から直線で二十人町へつながる政宗が造った旧・幹線道路が、現在のアーケード商店街になっています。
 そのアーケード街の東端が、名掛丁商店街になります。中小ビルに商店が入っています。仙台駅に一番近いと言うこともあって、飲食店も多く、リーズナブルな料金のところが多いです。居酒屋さんも、近年はチェーン店が増えてきていますが、まだ生粋の仙台ばぁさんがママさんをやっている店もあり、常連さんたちもじいさんが多い・・笑。
 でも、そういうところは、乾きモノが出ないから、いいんだなぁ。先日入った店も、ありゃ、写っていました・・爆。
 今日、明日は、会津で義父の3回忌法事があるので、出かけてきます。

MAMIYA RB67-proS /MAMIYA-SEKOR C 90mm F3.8
/SHD100 /D76




~ 「対比」       石巻市 中州 ~

27.Oct..2006
 ピエロさんの仕事場での服が右の人と同じ。ピエロさんは、右の人と同じ職場なのです。ピエロさんは写真撮られていることに気づいていますが、隣の人は、撮られていると気づいていません。
 シャッター音で、えっ撮ってたの?変な顔していなかったとと、ちょっとテレながら笑っていました。
 ピエロさんは、いろんな所に行っています。ボランティアの域を超えているんですが、快く私たちのところへも来てくれます。風船で動物とか果物を目の前でキュキュってねじってプレゼントしてくれます。
 制服のおじちゃんは、ミニ新幹線の担当、線路敷設から、運転、メンテナンスと会社から出張扱いで、チームを編成して来ています。
 外見的には違っていても中身的には、みな同じ、ゲストに楽しんでもらう一点です。

Canon Autoboy-Tele /Canon Lens 40/70mm F2.8/4.9
PRESTO /D76




~ 「ちょっぴり不安」       仙台駅東口 ~

26.Oct..2006
 電車が好き。でも、本当に、ここにいて電車に乗れるんだろうか?なんて考えているのかな?
 大丈夫だよ。でも回りは、知らない人たちもいるし、そんな想いが、この子の中で廻っているのかもしれない。
 そろそろホームに行くよ。期待と不安、列車の旅がはじまるよ。

RICOH FF300D /RIKENON 35mm F2.8 /PRESTO/D76



~ 「人やすみ」       石巻市 中州 ~

25.Oct..2006
 大きな頭のパンダは、JRオリジナルパンダで、小さな頭は、イベント会社からの借り物パンダ。
 JRパンダは、「ドキドキパンダ」のキャンペーンの時につくられたもので、後に、リボンの付いた女の子ヴァージョンもあったが、壊れてから作られていない・・・・。
 今回も、パンダの登場であるが、入ったことのある経験から、下着を用意することとか、Tシャツは何枚とか、タオル持参とか・・貴重なアドバイスを受けていたようだ。
 どこのイベントもそうだが、暑いからと言って子供達の前では、頭部をとれない・・着ぐるみを来たまま、オナラなんぞしようものなら、大変のなんのって、自分の匂いを自分が浄化するようなものである。
 機材は、これも昨日と同じリコーFF300Dである。

RICOH FF300D /RIKENON 35mm F2.8 /PRESTO/D76



~ 「ハリストス正教会」       石巻市 中州 ~

24.Oct..2006
 今月21日に石巻へ行った時の1枚、モノクロは、このリコーFF300Dとキヤノンオートボーイテレで、時間の合間にとってみたが、オートボーイテレの方が記録には良いようであると感じた。
 リコーの方は、輝度差があると暗部が潰れる感じがする。それでもまぁ、これだけ写れば良いと思うし、真っ白と真っ黒、これだけの輝度差のある被写体を年何回撮るかと言えば、片手にも満たない。ただ、こういうシーンに出くわす時もあるから、白飛びギリギリで持ちこたえてくれる方が良いかもしれない。
 さて、人物はどうだろうか・・このリコーの特性のような感じを生かすことができれば、というより腕があれば、ココロの内面まで訴える力があるのかもしれない・・独り言ですが。

PENTAX ME SUPER /M50mm F1.7 /PRESTO /D76



~ 「2004年の駅前広場北側」   中央1丁目 ~

23.Oct..2006
 仙台駅前広場・・広場と言っても良いのかどうかわかりませんが、タクシーのロータリーやバスターミナルがあって、車が出入りするから一応、広場としておきます・・。
 その広場の北側の境界にあるビルが昭和20年代に建てられた「第一ビル」なのであります。ちょうどテルモのネオンがのっているビルで、名掛丁と駅前通りと広場に面しています。
 今年になってビルがなくなるなんて想像もつかなかったので、駅前なんかいつでも撮れると思って、いたら、数ヶ月でビル全体が消えてしまいました。長町駅も撮りに行こうと思っていましたが・・時間がとれずに・・・涙。 

PENTAX ME SUPER /M50mm F1.7 /PRESTO /D76



~ 「ペデェストリアンデッキの本屋さん」   中央1丁目 ~

22.Oct..2006
 司馬さんの街道をゆくの中で登場する書店です。
 『ホテルの玄関を出、すぐそばにある階段をへて中空の路面へのぼった。あるくと、ここちよい。上に街があるという感じである。商店まである。つまりべつのビルにこの中空歩道が接している。たとえば、その路面のレヴェルのまま本屋さんの入口が開口していた・・・』と。
 「本のアイエ駅前店」である。1968年12月に開店し、医学工学の専門書が多かった。宮城県の書店業界では最高立地条件であったが、大型店進出とその品揃えに太刀打ちできなくなり、2005年の5月に閉店してしまったから、2004年の冬頃の写真ですね。
 そういえば、駅前も、丸光デパートが閉店してビブレとなり、さくら野百貨店に変わったし、緑屋がアムス西武になって閉店したり、ジャンクカメラ市がおこなわれていた十字屋デパートも閉店した。エンドー駅前店もテナントビルのイービーンズになっています。
 しかし、ビル自体は残っているし外装もリニュアルされて別のテナントが入っているから光景的には、あまり変わっていないようにも思えてくるから不思議。要は、自分がどれだけ、そこに行ったか・・なのかもしれませんが・・・。

PENTAX ME SUPER /M50mm F1.7 /PRESTO /D76



~ 「司馬さんを見る」        中央1丁目 ~

21.Oct..2006
 司馬さんの街道をゆくの中で、ホテル側から『ガラスごしに歩行者回廊の階段をながめていると・・』と書いている階段がここなのであります。
 この老舗ホテルの『食堂』のイスに腰掛けて、コーヒーを飲めば、青葉通りの歩道へ降りていくこの女の子が見えるわけです。
 今日は、朝から、石巻へ心身にハンディキャップを持つ子供達と家族に同行して、記録写真を撮りますが、今回は、集合写真も撮ってということで、中判も一台持参します・・そして、明後日は、町内会の運動会・・ちょっとハードですが、がんばってきます。 

PENTAX SUPER A /M28mm F2.8 /PRESTO /D76



~ 「2005年の仙台駅前」        中央1丁目 ~

20.Oct..2006
 現代の仙台駅であります。タクシープールやバスプール、駅前駐車場など、昭和50年代の面影は、私の立っている後方の「第一ビル」ぐらいなものだ。・・・・なんて、おもっていると、第一ビルの解体が始まり、新たな高層ビルの工事が始まっている。
 駅ビルから、南町通り、青葉通り、名掛丁、広瀬通りにつながるペデストリアンデッキと呼ばれる中空歩道が駅前広場を跨いでいる。
 司馬さんが街道をゆくで書いているのが、これのことなのです。駅前と呼ばれるこの西側、そして駅裏の東側、再開発で同じ光景にかわりつつある。

Eos-1n /EF-35mm F2.0 /PRESTO/D76



~ 「2004年の名掛丁地下道」         名掛丁 ~

18.Oct..2006
 フェンスの先は、東北本線と仙台車両センター、そして仙台駅構内の在来線の線路が走っている。
 高架の先に半円形のアーケードが見えるが、ここが旧・踏切跡なのであります。そして左側、地下道への入口があります。
 夜は、ちょっと怖いところで、恐喝なんかもたまにあって、夜は通りたくありませんが、駅前と駅裏を結ぶ便利な通路なのです。

Eos-1n /EF-35mm F2.0 /PRESTO/D76



~ 「2004年の名掛丁」         名掛丁 ~

17.Oct..2006
 昨日の写真の道をさらに進むと、こんな感じであります。左側の木造家屋は取り壊されて、右側には、まだ駐車場と倉庫のような建物がありました。
 道路の突き当たりは、2006年の今も同じです。東北新幹線の高架橋、そして有効活用策・・・。
 車は、行き止まりでありますが、人と自転車は、東北本線の下を地下道が通っています。この地下道、私が子供の頃は、暗くて、湿気が多く、陰湿な感じがしていましたが、現在は、内部も塗装がされて明るくなっています。
 その地下道も、昭和4年に開削されたもので、四ッ谷堀が流れていたことで、線路に直交せずに斜めに掘られています。堀の脇ならば、湿気があって当然かもしれませんね。

Eos-1n /EF-35mm F2.0 /PRESTO/D76



~ 「2005年の名掛丁」         名掛丁 ~

16.Oct..2006
 この道を真っ直ぐ進むと東北本線にぶつかる。かつては・・・といっても通称、エックス橋ができる以前の話だから、明治20年頃の話である。
 大正・昭和と軍靴の音が高くなるにつれ、大正6年頃には、開かずの踏切となり廃止案がでたということである。躑躅が岡にあった旧・歩兵四連隊の要請で踏切は廃止され、大正10年にはエックス橋ができた。
 現在は、その踏切跡も残っていないが、フェンス越しに一直線の道路がのびている。
 この道の両側にも木造家屋が密集していたが、区画整理で現在は更地になっている。そして新たにマンション工事がおこなわれている。

RICOH FF300D /RIKENON 35mm F2.8 /FOMAPAN/D76



~ 「試写」         リコーFF300D ~

15.Oct..2006
 リコーFF300Dのレストア後の試写、オートローディングで、フィルムが自動装填されるが、ディスプレー表示には、フィルムが1枚目にカウントされない。
 こうなると、全自動カメラは、ウントモスントモいわない。ただのプラスチックの箱なのだぁ~・・さて、どこで関知するのか?仕掛けは、フィルムの裏蓋の接点とフィルム室の接点がフィルムのパーフォレーションの穴によって導通されるとフィルムが巻き上げられていると関知されるのでした。
 その接点、裏蓋の穴からスプリング状に飛び出しているワイヤー束ですが、変形しているために接触不良をおこしていたのでした。
 これで、一応、撮せるようになりましたが、レンズの清掃も必要なようです・・・、会社と自宅の15分間じゃ、撮そうにも被写体がな~い。つまんな~い。ということで、天気が良ければ・明日は・・・でも会議がはいっているし、はぁ~溜息。

Canon Autoboy-Tele /Canon Lens 40/70mm F2.8/4.9
SHD-100 /D76 (8′ 20℃)




~ 「DAIZU」         宮城野区 田子 ~

14.Oct..2006
 枝豆と、どこが違うんでしょうか?でも大豆なんです。元々は、カカシがたてられた、あの水田なのですが、減反で、今年は、MUGIが植えられて、収穫されて、その後に、大豆が蒔かれました。
 夏の日照不足から、背丈がこんなに低いんです。更に、秋雨前線の大雨の影響を受けました。
 でも、プックリとした豆になっているようです。土も湿っていますし、機械が入れないのかなぁ~。なんて素人なので思ってしまいますが、今朝ほど、大豆畑の回りの雑草を刈りに来ていた人がいたので、いよいよ刈り取りなのかなぁなんて思っています。
 米も大豆も、一年中スーパーなどで買えますが、自然の中では、季節モノなんだとつくづく思います。

Canon Autoboy-Tele /Canon Lens 40/70mm F2.8/4.9
SHD-100 /D76 (8′ 20℃)




~ 「風に揺れて」         宮城野区 田子 ~

13.Oct..2006
 会社裏の道ばたのススキの穂、まだ開ききっていないのですが、やっぱり秋ですね。
 今年の十五夜は、台風並みの低気圧が発達しながら、宮城県沖を通過していった関係で、お月見どころではありませんでしたが、ススキは風に揺れていました。
 このススキも、道路脇の刈り払いで、明日あたりには、きれいさっぱり刈り取られるのでしょうが、いつも見ている光景が変わるのも寂しい感じがします。
 大豆の葉も枯れてきて、枝豆のように実っているのがわかるようになってきました。今年は、悪天候で、背丈が短いようですが、まだ取り入れは始まっていません。ひょっとして、今年は、取り入れしないのかなぁ~なんても思いますが・・・どうなんでしょうね。

Canon Autoboy-Tele /Canon Lens 40/70mm F2.8/4.9
SHD-100 /D76 (8′ 20℃)




~ 「飛べたらいいな」         宮城野区 田子 ~

12.Oct..2006
 Canon Autoboy Teleのテストの一枚、AFなのでこんなこともできるのですが・・笑。
 七北田川に架かる宮城野大橋の上です。築堤からタイコ橋のような感じでつづいています。車でも結構な勾配です。歩いていても地面しか見えません。人や自転車のことは全く考えていないといわれても仕方ないですね。
 この橋が出来る前は、国道45号線に架かる橋か、古くて狭い橋をとおるしかありませんでしたが、橋のおかげで、川向こうへは、時間も距離も大幅短縮されました。
 まぁ橋の中央部までくると、こんな状態なので、そのまま空へ飛べたらいいなぁ~と思いますが、冬は、ミラーバーンのテロテロ凍結、中央分離帯の上に車が乗り上げて亀の子状態になっているのを時々みかけます。
 分離帯にぶつかって、一瞬、空を飛んで乗り上げるんですね。こんな飛び方は嫌ですが、一瞬ですが空に吸い込まれる感じがします。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「待つ人」         宮城野区 高砂 ~

11.Oct..2006
 仙石線、陸前高砂駅前、米の倉庫と、貨物ホームがあり、C11が、たまに夜中に走っていたのが今から40数年前だった。
 その後、貨物ホームは無くなり、パン工場の甘い空気が漂っている駅前だった。そのパン工場もなくなり、現在は、マンションと駐車場に変わった。
 向かい側には、農協の米倉庫があり、今頃は、近隣の農家から、米が馬車に積まれて倉庫に運び込まれていた。その米倉庫も取り壊されて、今は、広い駅前ロータリーになっている。
 木造の国鉄官舎も並んでいたが。これも市営の駐輪場になった。駅前の定番とも言える「マル通(日通)」の看板を掲げた木造家屋も、看板を下ろし、○○商店と変わった。
 電車が来ると乗降客が動き、こうして誰かを待っている人は皆無だった。

PENTAX SUPER A /M28mm F2.8 /PRESTO /D76



~ 「あの日」         本郷 菊坂 ~

10.Oct..2006
 季節は巡り、秋色の季節、夏の暑さも遠い記憶のようにさえ感じる。
 季節が変わっても、何もかわらないものがある。それは、記憶である。この光景も、私にとっては、あの日という一瞬であるが、ここで暮らしてきた人にとっては、記憶に刻み込まれた光景である。
 通りすがりの一瞬でさえ、街の匂い、人の声、木々のささやきがあった。訪れた人の街、住んでいた人の街、人それぞれの街・・本郷という街。また機会があったら訪れてみたいと思う街である。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「雑踏の中で」         湯島天神 ~

09.Oct..2006
 いろいろな想いが交錯する雑踏の中で、ファインダーを除いていた。一瞬、回りの空気がとまったような気がした。ファインダーには、一人の女性が入っていた。
 私が、誰かを撮ろうとしていると思ったのかもしれないが・・・女性の動きが止まった。シャッターを切ろうか迷った・・自分の心音が聞こえたような気がした。
 心の中で、「撮らせてください」と念じた。ちょっと、コクンとうなずいた感じがした。そして私は、静かにシャッターを切った。
 「ありがとうございました」と、また念じた。空気がまた動いた。そして、この女性もファインダーの外へ消えて、ファインダーから目を離したときには、雑踏の中に消えていた。湯島天神の梅の精だったのだろうか?

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「日々是好日」         湯島天神 ~

08.Oct..2006
 「にちにちこれこうじつ」月日の好い日悪い日はない。それは自身の心であって、心が正しければ悪い日は一日もないはず。全てが人生最良の日であるという意味だそうだ。
 それでも、やはり、何かに頼ったり、アドバイスを受けたくなるのも人なのかもしれない。この相談者、あまり深刻な顔はしていなかった。アドバイスを受けて納得したのかもしれない。
 さて私はというと、風邪ひいちゃったみたい・・笑。気をつけないと・・と思っていたが、この気温差に身体がついていかなかったようだ。
 早くなおさなくっちゃ~ね。おやすみなさい。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「極彩色」         神田明神 ~

07.Oct..2006
 紅・緑・金・青・白・黒、日本の神様って、こんなに派手だっけ?と思うほどの色が使われている。
 京都に行ったとき、伏見稲荷の紅が目に飛び込んできたよりも強烈な紅だった。
 daddy氏が、「色自体が意味を持っているから・・特に赤は難しい」と話していたことを思い出した。この門をくぐって境内に入り、裏手の階段を下りたが、そこは、極彩色の世界とは別の光景だった。
 お江戸は、山あり谷あり、結構起伏のある街なんだと実感したのもこのあたりに来てからだった。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「随身門」         神田明神 ~

06.Oct..2006
 神田明神の随身門です。真っ赤っかの朱漆塗りでした。RC造りかと思ったら、総ヒノキ造りで、屋根は銅板瓦でした。神田明神も、関東大震災で焼失、その後の戦災でも被害を受けたそうです。
 社殿は、関東大震災で焼失したものを昭和初期にRCで再建したのですが、ちょっと見ると木造建築のように見えます。そのように見えるのも柱の間隔などに工夫されたようです。戦災でも社殿が残っているのはそのためだそうです。
 この随身門は、関東大震災での焼失から昭和60年代になっての再建された江戸期のスケールだそうです。漆の量もすごいですね。さすが、一部上場企業が元朝参りに訪れるだけのことはあります。
 境内には、銭形平次の石碑があります。もちろん、小説の中の主人公で、実在の人物ではありませんが、明神下の・・と言えば銭形平次なのです・・笑。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「ネコのココロ」        台東区 谷中 ~

05.Oct..2006
 「夕焼けだんだん」の住民のねこさんであります。もちろん谷中銀座商店街公認のようで、このねこさんの子供達も、やっぱり公認のようです。
 住民であるということは、ちゃんと住む場所も確保されている。「我が輩は猫である名前はまだない」・・という小説があるが、このネコたちにも名前はないようだ。名前が無くても、このコが親で、あのコとそっちのコは子供達と・・さすが公認、みなさん知っているようだ。
 このコ達の他にも、せんべいやさんのネコやお店で飼われているネコたちもいる。
 「大変迷惑しています」と某保健所の立て看板があるが、このコ達も、商店街にも無関係のようだ。キャットフードよりも商店街の人からもらう、焼き魚が好物のようだ。目くじらたてる人もいない。カメラを向けてもスヤスヤ寝ている。もうだいぶ歳のようだ。
 人にとっても住みやすい街は、ネコにとっても住みやすいようだ。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「ノコギリ屋根の街」        台東区 谷中 ~

03.Oct..2006
 私の中に、東京は、3つのイメージがある。ひとつは、高層ビルの街、そして、下町情緒の街、最後は、♪お江戸、日本橋~のイメージである。
 日本橋の上を走る首都高を日本橋の下に潜らせ日本橋の上に空を・・・というのが、小泉某の構想だとか。その費用が5000億とか・・。日本の都市は二流・三流とかいう学者先生もいて・・日本橋の上に空が見えないとなんで、二流なんでしょね。何、考えてんだろうかねぇ~。近隣の不動産価値が上がるんだそうですが・・。
 街をぶっ壊して、金かけといて、また壊す・・・。それも税金使ってだから、たまりませんね。
 こちらの街は、そういう人たちからみれば、二流なのかも・・でも、どこが悪いのかなぁ。私は、この街も好きなんだけどなぁ。

PENTAX ist-Ds /smc Pentax-DA 18-55mm F3.5-5.6



~ 「豆の木」        宮城野区 田子 ~

01.Oct..2006
 今日から、10月、いよいよ秋深まるの季節ですね。濃い緑色は、転作の大豆ですが、稲は、いよいよ刈り入れを迎えます。このあたりの田んぼは、コンバインで刈り取りますので、昔ながらの自然乾燥をさせる「ホギカケ」は見ることはできません。ちょっと残念でもありますが、稲ドロボーやコンバインまでくすねていく時代には致し方ないのかもしれません。
 「ジャックと豆の木」という話がありますが、あれは、ソラ豆のようですが、この大豆、ビールのつまみになる枝豆と同じように実っています。隣の山形県の有名な「だだちゃ豆」も枝豆と同じようなのですが、毛が生えているとか・・。
 小豆、大豆、ささげ、キヌサヤ、スナック・エンドウ、いろいろありますが、スルスルと空までのぼっていく豆の「木」の発想は、どこから生まれたんだろう。いろんな人がいるもんだぁ。
 いずれ、取り入れが終われば、また広い土色の光景に変わっていきます。秋深まる、わたしは何をする人ぞ・・笑。

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